経済学は机上の空論、そんな時代は終わりました。
市場を効率的に機能させるために、経済学を活用する「マーケットデザイン」
そんな経済学で注目される「マーケットデザイン」を分かりやすく簡単解説!
マーケットデザインとは?市場はデザインする時代
マーケットデザインとは?
市場を効率的に機能させるための制度・ルール作りを考える(提案する)分野。
今までの経済学は、目の前の経済現象を分析することを重視していたが、マーケットデザインでは、市場そのものをどうやって設計するのが良いかを考える。
経済学では「自由競争・自由主義によって、経済は効率的に機能する」という迷信を信じています。
しかし、全ての市場が完ぺきに機能しているわけではありません(市場の失敗)。
市場の失敗
市場が効率的に機能しない状態のこと。外部要因(独占企業の存在・情報の非対称性など)が重なり、企業や消費者が不利益を被る。
マーケットデザインでは、失敗した市場の制度設計を見直し、すべての市場参加者が納得できる状態を目指します。
正しく制度(ルール)設計された市場で自由競争をうながすことに重点を置いているわけです。
話題になっている理由
2012年に「アルヴィン・ロス教授」「ロイド・シャープレー教授」がマーケットデザインの分野でノーベル経済学賞を受賞しました。
ロス教授は自身の研究をまとめた書籍を発売するなど、マーケットデザインへの注目が集まっています。
ポイント
マーケットデザインで登場する市場には、5つ特徴があります。
- 複雑な財(商品・サービス)が登場する
- 価格で需要と供給が決まらない
- 市場にいる参加者が少ない
- 市場(取引)の処理速度に問題がある
- 市場の制度(ルール)が信用されていない
- 電波(周波数)オークション
- 腎臓移植
- 学生と就職先のマッチング
今回はマーケットデザインが成功した3つの話を紹介していきます!
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① 電波(周波数帯)オークションのマーケットデザイン
世界的に導入された電波(周波数)オークションにまつわるマーケットデザインです。
日本以外の先進国は「電波(周波数)」をオークションにかけています。つまり、電波を使うためにはオークションで競り落とさないといけないのです。
ここに注目
「電波(周波数)」は、通常の商品・サービスとは異なった特徴があります。
実は「電波(周波数)」は、組み合わせて使うことがあるのです。
まず「電波(周波数)を組み合わせる」について簡単に説明しておきます。
例えば
- 1.5GHz(ギガヘルツ)
- 2.1GHz(ギガヘルツ)
という電波(周波数)があったとします。
これをオークションにかけるとこんな問題が発生します。
通信事業者A
「1.5GHz(ギガヘルツ)」を10億円で落札したい!
通信事業者B
「1.5GHz(ギガヘルツ)」と「2.1GHz(ギガヘルツ)」を20億円で落札したい!でも片方だけなら要らない!
「電波(周波数)」は複数の帯域をセットで利用できないと経済的な価値がない場合もあります。
さらに詳しく
上の例だと、通信事業者Bがセットで20億円という金額をだしていますが、「1.5GHz(ギガヘルツ)」「2.1GHz(ギガヘルツ)」どちらか一方だけでは価値はありません。
この場合、誰が落札することになるのでしょうか?
問題を解決するために
アメリカの電波(周波数)オークションで、オークション理論を応用してマーケットデザインが行われました。(オークション理論については下の記事参照!)
-
【オークション理論とは?】落札方法で変わる人間行動を分かりやすく解説!
日常生活でも登場するオークション。ネット広告もオークション方式で落札されています。 1996年&2020年のノーベル経済 ...
続きを見る
さらに詳しく
アメリカの連邦通信委員会(Federal Communications Commission)が、ゲーム理論の研究者(ミルグロム、ウィルソン、マカフィーの3人)に制度設計を依頼。1994年「同時競(せ)り上げ方式 (同時複数ラウンド競(せ)り上げ方式)」という電波(周波数)オークションが実現しました。
同時競(せ)り上げ方式
複数の電波(周波数帯)を同時に競(せ)り上げていく方式。
「Simultaneous Multiple Round Auction (SMRA)」
すべての電波(周波数帯)で追加の競(せ)りが無くなった時点でオークションが終了、各電波(周波数帯)は最高額を示した企業が落札します。
現在では、アメリカ以外のヨーロッパ各国でも「同時競(せ)り上げ方式 (SMRA)」を元にしたオークションが採用されています。
「同時競(せ)り上げ方式 (SMRA)」の場合、オークション参加者はどのような行動をするのかを見ていきます!
ここに注目
先ほど紹介した
- 1.5GHz(ギガヘルツ)
- 2.1GHz(ギガヘルツ)
を落札しようと考えている企業がいます。
この企業は、まず「1.5GHz(ギガヘルツ)」の電波のオークションに参加します。オークション中に、どれくらいの金額があれば落札できそうかが分かってきます。
次に「2.1GHz(ギガヘルツ)」のオークションに参加することが出来ます。
※競りが1つでも続いている限り、全てのオークションは続いている
結果的に、この企業は「1.5GHz(ギガヘルツ)」「2.1GHz(ギガヘルツ)」の2つの電波を落札するために必要な金額が大まかに分かってくるのです。
最終的に2つの電波を落札するまで頑張るか、手を引くかを判断できます。
ちなみに
オークションの過程で、自分では気づかなかった電波(周波数)の価値を知ることもあります。
例えば「1.5GHz(ギガヘルツ)」を1億円程度の価値だと考えていたら、まわりのオークション参加者が、5億円・6億円と落札しようとしていました。
この場合、「1.5GHz(ギガヘルツ)」の電波には自分が考えている以上の価値がありそうだと分かります。
注意ポイント
この話は、同時にデメリットでもあります。例えば「勝者の呪い」です。
そのあたりの話はこちら(オークション理論とは?)で紹介しているので興味があれば読んでみてください。
こんな逸話も・・
2008年・電波オークションに参加したGoogleの話です。
700MHz(メガヘルツ)帯の電波オークションが行われたさいに、Google等のハイテク企業が「連邦通信委員会」へ注文を付けました。
その内容が「オープン・アクセス条項」です。
電波を落札した企業は、該当の電波(ネットワーク)に接続する機器やアプリケーションに制限を設けてはならない、という条項。
Googleは電波を落札できませんでしたが、これにより事業拡大のチャンスを手に入れました。
というのも、当時(2000年代)は携帯電話会社が独占的にサービス提供をしており、ハイテク企業が入り込む余地がありませんでした。
Googleなどがその牙城にひびを入れて、通信サービス事業に入り込む余地を作ったのです。
そうした経緯もあり、オークションに敗れた「Google」が1番得をしたと言われています。
電波の使い方は時代によって変わります。
時代に合わせたルールを追加できる「電波(周波数)オークション」は、通信市場に新しい風を吹き込むことにも貢献しているのです。
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② 腎臓交換のマーケットデザイン
マーケットデザインの有名な例の1つが「腎臓移植」に関わる話です。
なぜ有名?
日本やアメリカなど、多くの国々では臓器売買が禁止されています。移植手術は出来ても、臓器自体の売買はできません。
金銭で売買できないものを扱うため、「需要と供給で価格が決まって・・」という話は通用しません。
このように従来の経済学では扱えない問題を解決したため、マーケットデザインの有名な例として紹介されます。
更に
腎臓移植は、自分の体に適合するものではないと手術が出来ません。このような側面から、腎臓移植はゲーム理論で登場する「マッチング問題」として扱うことが出来ます。
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ココがポイント
腎臓もお金で買えるようなものでありません。さらに体に適合する腎臓が必要で、かなり厳しい条件が付きます。どうすればドナー移植が今以上に行えるようになるか?を考えたマッチングの話になります。
- 適合する腎臓を探すのが困難であること
- 移植手術を同時に受ける必要がある
- 病院側が意図的にドナー情報を提供しない
これらを解決できる仕組み作りが重要になります。
腎臓交換のマーケットデザインで一番肝になるは「適合する腎臓を探すことが難しい」ことです。この問題を解決するために、当時の腎臓移植の状況を紹介します。
例えば
A夫妻がいました。奥さんが腎臓移植が必要になり、旦那さんが自分の腎臓を提供することを決めます。
人の体には腎臓は2つあり、1つだけでも生きていけます。
しかし、残念ながら旦那さんの腎臓は、奥さんには適合しませんでした。こうして腎臓移植が実現できずいたわけですが、ここで解決の糸口を見つけます。
ポイント
A夫妻のあいだでは、腎臓が適合できなかったわけですが、他のB夫妻でも同じことが起こっています。
つまり、A夫妻・B夫妻・C夫妻・・・と夫婦間で腎臓が適合しなかった人たちを集めて、マッチングし直せば、もっと移植が出来るようになるのではないか。
ココに注意
これまでの腎臓移植は、全て同時に行う必要があった。
上の例だと、仮にA夫妻・B夫妻・C夫妻・・・とマッチングを行って、適合できるペアを探し出します。そのあと、ペアになった人たちの手術を全て同時に行わなければいけません。
手術を同時に行う理由
こんな状況を考えてみます。
- A(旦那さん)の腎臓は、B(奥さん)に適合
- B(旦那さん)の腎臓は、A(奥さん)に適合
この時
先にAさん(旦那さん)がBさん(奥さん)に腎臓を提供したとします。
その後、Bさん(旦那さん)がAさん(奥さん)に腎臓を提供する時になって「やっぱり・・」と提供を拒否すると終了です。
このような事にならないように、臓器移植は全て同時に行う必要がありました。
これを解決するためには、死亡したドナー(臓器提供者)のほか、善意で臓器提供をしてくれる人がカギになります。
なぜ?
手術の始まりを、死亡したドナー(もしくは善意のドナー)で開始した場合を考えてみます。
- A夫妻
- B夫妻
- 亡くなったZさん
の3人で腎臓移植を行います。
手術の始まりを「Zさん」にします。
- Zさんの腎臓 ⇒ B(奥さん)
- B(旦那さん) ⇒ A(奥さん)
このように手術をしますが、先ほどと同じくB(旦那さん)が後から手術を拒否します。
A(奥さん)は腎臓移植されませんが、先ほどと違ってA(旦那さん)は自分の腎臓を失いません。
ココがポイント
先ほどは、A(旦那さん)が腎臓を提供してしまったが、今回はA(旦那さん)は腎臓が残っています。つまり、再度マッチングを行う機会があるのです。
この話ですが、夫婦間で腎臓移植が出来ない人たちを集めてマッチングを行っていました。
つまり、A(旦那さん)の腎臓が無くなってしまうと、自分が腎臓を提供する機会が無くなり、マッチングの輪に入ることが出来なくなります。
しかし、死亡ドナーで手術を始めれば、A(旦那さん)には腎臓が残るため、再度マッチングの機会を探れます。
ポイント
「死亡ドナーで手術を始めるマッチングのプロセス」を構築することで、腎臓移植を全て同時に行う必要性が減りました。
先ほど紹介した通り、あとから手術を拒否されても、誰も損失を被らないためです。
こんな問題も
厄介なのが病院側が自分の病院で手術をしようと、ドナーの情報を隠すことが指摘されました。というように、腎臓移植はここで紹介した以外の問題もたくさん抱えています。
詳しく知りたい人は「Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) マッチメイキングとマーケットデザインの経済学 (日経ビジネス人文庫)」を読んでみてください!
③ 労働市場とマーケットデザイン
労働市場でのマーケットデザインもよく登場する例になります。
- 研修医と勤務先病院のマッチング
- 法律学校の学生と事務所のマッチング
研修医の話はほかでもよく登場するので、法律学校(ロースクール)の学生と法律事務所・連邦控訴裁(最高裁)の関係について紹介します。
ここが問題
労働市場のマーケットデザインをするときに問題になることがあります。
それが「早い者勝ち (市場の取引が早すぎる)」です。
例えば
ロースクール(法律学校)への入学が決まった瞬間に、夏のインターンへのオファーを出すこともあります。
有名なスクールへ入学しているということは、優秀な弁護士になる確率が高いだろうと、法律事務所が囲い込みます。
法律事務所が学生へオファーを出す時に「回答期限を設定」します。
ココに注意
回答期限は短期間で設定されることが多く、法律事務所は学生の適性などを全く分からないまま採用してしまうこともありました。一方で、学生側も他の法律事務所への就職の機会などを考慮できないまま内定をもらってしまいます。
特に連邦控訴裁判事は、助手にふさわしい学生を獲得しようと、争奪戦が激化していました。
連邦控訴裁は12の巡回区にあり、それぞれで人気度が違います。したがって、一番人気ではない真ん中くらいの連邦控訴裁などは、人気の高い巡回区に学生を取られないように必死です。
法律事務所はルールの抜け穴を探すのが得意なため、制度設計とイタチごっこになっており、解決への道のりが険しいです。
ここでは「医学部生と研修先病院」とのマーケットデザインを例に、このような問題がどう解決されるかを見ていきます。
解決への道
「医学部生と研修先の病院」とのマッチングも、「ロースクールの学生と法律事務所」の関係と同じでした。
しかし「医学部生と研修先の病院」では、下で紹介する方法でマッチングを行って問題を解決しました。
医学部生は、自分が研修したい病院の希望順位を提出します。
病院側も、どの医学部生が欲しいかの希望順位を提出します。
双方が希望順位を提出して、機械で自動処理してマッチングを行います。このマッチングを受入保留方式で処理することで、全てのペアが最適な状態となり安定します。
受入保留方式
全てのペアが最適な状態に落ち着くまで、ペアが確定しない(選び直すことが出来る)方法。早い者勝ちではなく、必ず再考する余地が生まれる。
「受入保留方式」はマッチング理論の有名な話です。この方法は「アメリカの公立高校と学生」のマッチングにも応用されています (学校選択のマッチング)。
くわしくは「マッチング理論」を参照
受入保留方式の最大の特徴は、第2希望がちゃんと考慮されることです。
良くある話が「第1希望に落ちると、第5希望以下しかに残らない」みたいな状況です。この状況があると、希望順位で嘘をつく必要が出てきます。
学生
第1希望が落ちると、たいして行きたくないところしか残らない・・。よし、安全策で本当なら第2希望のところを第1希望にしておこう。
ここに注目
制度自体が信用されていないと戦略的に嘘をつく必要が出てきます。
しかし、受入保留方式で第2希望がしっかりと選好されることを周知すれば、学生が嘘をつく必要が無くなるのです。
受入保留方式では、全てのペアが確定するまで選好が続きます。(第1希望が落ちても、第2希望もしっかりと選好されます)
更に
制度を信用した学生が多く参加すればするほど、病院側が学生を囲い込む必要がなくなります。
学生側が自分の適性を考えたり、病院側も学生のスキルをじっくりと調べる時間が出来ます。病院にとっても、適切な状況で学生を探すほうが有益だからです。
経済学(おもにゲーム理論)を応用して、市場をデザインした例を見てきました。
21世紀になってから、マーケットデザインの分野は活発になってきています。「市場は与えられるのではなく、市場は設計するのが当たり前の時代」になるかもしれませんね!