一般均衡と部分均衡の大きな違いは次の通りです。
一般均衡理論 | 部分均衡理論 | |
---|---|---|
簡単に | 全ての市場を同時に均衡させる価格・需要量・供給量についての理論 | 1つの財市場を均衡させる価格・需要量・供給量についての理論 |
効率性の判断基準 | パレート最適が実現するか | 総余剰が最大化するか |
市場の調整過程 | 価格が調整される(模索過程・ワルラス調整過程) | 数量が調整される(マーシャル調整過程) |
問題点や批判 | 時間的な概念が欠如している 財の交換という考え方がベース |
他の条件が一定 収益逓増と完全競争のジレンマ |
分析方法 | 数学的な手法・エッジワース・ボックス | 余剰分析 |
創始者 | レオン・ワルラス | アルフレッド・マーシャル |
備考 | 一般均衡理論が数学的にちゃんと証明されたのは割と最近(1950年頃) | 高校で習う経済学(需要と供給が交わるところで均衡が決まる)は基本的に部分均衡理論 |
どちらも完全競争市場を前提としている。
一般均衡理論と部分均衡理論の具体的な話は本編で解説していきます。一般均衡理論と部分均衡理論はそれぞれの考え方が背後で関わり合っています。どちらかだけを読むより全部を読んだ方が一般均衡・部分均衡それぞれの理解が深まるはずです。分かりやすさ重視で書いているのでアバウトな表現を使う場面がありますがご容赦を。
一般均衡理論
(Wikipediaより レオン・ワルラス)
一般均衡理論とは
全ての財市場の関係性を扱った理論。経済全体が均衡する状態(一般均衡)について、全ての財市場の価格・需要・供給の関係性を数学的に説明した理論。
レオン・ワルラスが1870年代に提唱して、1950年代に全ての財市場を同時に均衡させる価格体系・需要量・供給量が存在することが数学的に証明された。
簡単に
現実の経済は、たくさんの商品・サービスが取引されて、お互いに関わり合っています。そんな現実の経済活動をまとめて考えるのが一般均衡理論です。
一般均衡とは
「全ての市場をまとめて考える」のが一般均衡理論と言いましたが、ここからは一般均衡(Gnereal Equilibrium)をもう少し経済学的に考えていきます。
ポイント
一般均衡とは、全ての財市場の需要・供給が一致している状態のこと。
この「一般均衡」が存在するのか?を考えたのが一般均衡理論です。
ワルラスは、全ての財の需要と供給を一致させる価格体系があると考えて、数学的に証明しようと試みます(彼は自身の著書『純粋経済学要論』で一般均衡が存在することを指摘して、それが一般均衡理論の始まりと認識されています)。
ポイント
この価格体系(各財の均衡価格)の存在を証明できれば「一般均衡(全ての財市場の需要・供給が一致している状態)」が存在すると考えることが出来る。
全市場の需給が一致するなら、当然、各財には均衡価格が決まるはず(A財=○○円・B財=○○円等。これを価格体系と呼んでいます)。なので、この価格体系がそもそも存在するのかを証明することが非常に重要です。
なぜ価格に注目するのか
昔の経済学で最も重要なのは「価格」です。
大学で最初に登場するミクロ経済学や、公務員試験に登場するミクロ経済学は「価格理論」と呼ばれる分野が大半です(その後に登場するのが「ゲーム理論」です)。
なので、一般均衡を実現する価格が存在するのかを考えるところからスタートします。
はてな
古典的な経済学は「価格はどのように決まるのか?」「その価格で資源はどのように配分されるのか?」など、価格を中心に消費者や生産者の経済活動を分析しています。
昔は、商品の値段は労働量(生産費)によって決まる(労働価値説)という考えがありました。商品を1日かけて作るなら、その商品は1日分の労働量に見合った値段になるという考え方。
今では需要と供給の関係から価格が決まると考えるのが主流です(この考えは部分均衡で登場するマーシャルの影響を強く受けています)。「需要と供給で価格が決まる」「その時の需要と供給について分析する」、これが皆さんの学習しているミクロ経済学の分野です。価格を中心的に考えていることから価格理論と呼ばれています。
以上より、一般均衡でも価格について考えるのは自然の流れです。
知っておくと良い
商品の値段は労働量(生産費)によって決まる(労働価値説)という考え方があると書きましたが、これは「(その商品の価格は労働量で決まるので)周りの商品の価格は関係ない」ということを意味しています。
ワルラスは、経済(価格)はお互いに影響し合っていると考えました。
ワルラス
いやいや、商品の価格はお互いに影響し合っているでしょ。ある財市場と他の財市場は独立して存在しているのではなく依存関係にある。なので、ある財の価格が変われば他の財の価格にも影響を与えるはず。
これがワルラスの考えで、この考えをもとに経済全体を理論的にまとめたのが一般均衡理論です。上記の話を理解していれば、一般均衡理論で価格が重要になる理由が分かります。
ここで
需要・供給の面からも市場全体を考えてみましょう。
あらゆる商品の市場は互いに影響を与えています。つまり、ある財市場で需要・供給が変化すれば、他の財市場でも需要・供給が変化するはずです。
これは現実の世界を考えると直ぐに分かります。カレー屋とラーメン屋がある街にカツ丼屋ができれば、客の流れが変わって需要量が変化します。店主は、客足の変化に対して仕入量を調整するので供給量も変化します。
需要・供給が変化するのは分かりますが、この調整はどのように行われるでしょうか?それが価格変化です。
カレー屋はライバルに対抗するために、新しいメニューを作ったり値下げすることもあります。ここで注目したいのが、結局のところは価格次第で需給が大きく変化すること。新メニューが魅力的でも価格が高すぎれば需要は増えませんし、値下げはイメージの通りで需要に大きな影響を与えます。
ポイント
つまり、ある財市場で需要・供給が変化すれば、他の財市場でも需要・供給が変化するはずですが、それには価格も関係していることが分かります。細かく言えば、ある財の価格が変われば他の財の価格にも影響を与えて、それを通して需要・供給も変化すると言えます。
全ての財市場をまとめて分析するためには、需要・供給・価格が重要です。
全ての財市場の需要・供給が一致している状態(一般均衡)が存在すると考えたとき、重要なピースである価格はどうなっているのか?を説明しなければいけません。
なのでワルラスは、一般均衡を実現させる価格体系が存在することを証明しようとします。
一般均衡を証明するために
「全ての財の需要と供給を一致させる価格体系」があることを証明するために、ワルラスは連立方程式を使います。
ここでは具体的な証明は行いません。一般均衡が存在することを証明するために、ワルラスがどのように考えたかを簡単に触れて理解を深めてもらえればと思います。
例えば
- X財とY財のみが存在する経済を考える
はじめに、X財とY財の需要量を考えます。
- X財の需要=Dx
- Y財の需要=Dy
財の需要は価格に依存します。安ければ需要が増えて、逆もしかりです。
また、途中で記載しましたがその財の価格だけではなく、他の財の価格も重要です(消費者は、色々な財の価格を比べながら購入します)
なので
X財の需要(Dx)を考えるなら「X財の価格(Px)」と「Y財の価格(Py)」が重要です。その関係性を「Dx(Px,Py)」と表現します。
また、X財の需要というのは、X財の消費量(x)のことです。以上より
- x=Dx(Px,Py)
この式は、X財の消費量(x)は、Px・Pyの影響を受けて答えが決まる、ということを表しています。ちなみに「Dx(Px,Py)」は「需要(Dx)はPx・Pyの関数(Dx=Px・Pyみたいな式で表せるはず)」ですよ、という意味です。中学で出てくる「f(x)←xの関数という意味」と同じです。関数を計算すると具体的な消費量(x)が求められることを表した数式になっています。
Y財の消費量(y)も同様に考えて
- y=Dy(Px,Py)
次に
供給(S)についても考えます
- X財の供給=Sx
- Y財の供給=Sy
財の供給も価格に依存する
ふつう、高い値段で売る方が企業は儲かるので、市場価格が高い方が参入企業が増えて供給が増えます(逆もしかり)。つまり、市場価格で販売するときに、どれくらい儲かるかを考えて企業は生産するので、結局は価格が大切です。
なので需要と同じく「X財の価格(Px)」と「Y財の価格(Py)」が重要です。また、X財の供給(Sx)は、X財の生産量(x)を意味します。Y財も同様です。以上より
- x=Sx(Px,Py)
- y=Sy(Px,Py)
4つの式
- x=Dx(Px,Py)
- y=Dy(Px,Py)
- x=Sx(Px,Py)
- y=Sy(Px,Py)
こうして4つの式が出来上がります。経済活動をすれば4つの式が成立するので、4つの式を1つのまとまりと考えます(連立方程式)。
この4つの式は、求める必要がある部分(未知数)が4つあります
- X財の消費量・生産量=x
- Y財の消費量・生産量=y
- X財の価格=Px
- Y財の価格=Py
中学校で習うと思いますが、連立方程式は一生懸命計算していくと未知数を求めることが出来ます。
ポイント
ワルラスは、全ての財市場の需要・供給・価格を連立方程式で表現すれば、未知数が求められるはずと考えました。
少し細かく言うと、未知数の数と同じだけの連立方程式を組めば、すべての財市場の需要と供給を一致させる価格体系が求められるはずだと考えました(上記の例なら、4つの未知数と4つの連立方程式があるので答えを求められるはず)。
ワルラスは
ワルラス
「m本の連立方程式=m個の未知数」とすることが出来れば、答えを求めることが出来るはずなので、一般均衡を成立させる価格体系が存在する!
と考えました。
しかし
これを証明するのが非常に難しく1870年代にワルラスが提唱してから実際に証明されたのは1950年代に入ってからです。
ケネス・アローとジェラール・ドブルーの論文※1が特に有名で、ジェラール・ドブルーの本※2も有名。
2人の論文の前には、コンピュータの生みの親であるノイマン、ゲーム理論を確立したナッシュなどが色々と証明している。たくさんの研究者の功績をもとに、アローとドブル―が「一般均衡は存在する」ことを証明した。
一般均衡理論への功績から、アローは1973年、ジェラール・ドブルーは1983年にノーベル経済学賞を受賞しています。
※1:1954『Existence of an Equilibrium for a Competitive Economy』
※2:1959『Theory of Value: An Axiomatic Analysis of Economic Equilibrium』
批判や問題点
ポイント
一般均衡理論で想定している仮定が現実離れしている。特に時間的な概念がない。
一般均衡理論は「すべての財市場は同時に均衡するのか?」という壮大なテーマを扱っています。そんなテーマを証明するためには、細かな仮定が多すぎると証明が困難になります。そのため、仮定がざっくりとしており、現実離れしたものになっていると批判されています。
批判①
ワルラスの一般均衡理論では、市場は完全な自由競争(完全競争市場)という仮定で話を進めていますが、現実世界で完全競争市場を探す方が難しいでしょう。
批判②
ワルラスが一般均衡理論を証明するために「連立方程式の本数」と「未知数の数」に注目しました。これは「価格・需要・供給」以外の要素は無視しているとも言えます。
つまり、一般均衡理論では「消費者(需要)や生産者(供給)は、価格だけに反応して意思決定を行う」と想定しています。現実的に考えれば、人は価格だけではなく他の要素にも影響を受けて意思決定をしますよね。
批判③
一般均衡理論では、供給側の視点が弱いという批判があります。これは一般均衡理論の成り立ちを考えると意味が分かってきます。
一般均衡理論は「交換理論」という考え方の延長線上にあります。交換理論というのは、2財の交換を通して消費者が効用最大化を実現させて、交換が終わったときの2財の交換比率が商品の価値となる、という考え方(エッジワース・ボックスで交換経済を考えていますが、それとイメージは同じだと思ってください)。
ワルラスは「財の交換」という考え方を生産者にも適用させて、生産要素(労働・資本)の交換を通して、財の生産が行われると考えました。
しかし、この考えでは技術革新などによる生産性の向上が想定されていません。マーシャルはこの点に不満を持っており、部分均衡では技術革新などの生産側の都合を取り入れています。
批判④
一般均衡理論では均衡が存在するという話をしていますが、均衡に至るまでの過程はどうなっているのでしょうか。ワルラスは「模索過程(ワルラス調整過程)」を経て均衡にたどり着くと考えていました。
模索過程というのは、オークションみたいなイメージです。オークションを仕切る人が価格を提示して、消費者と生産者が提示された価格で同意すれば取引が成立します。
しかし
模索過程を経てから均衡へたどり着くというイメージは分かりますが、ここにも問題が潜んでいます。それは模索過程では取引が行われていないという点です。
オークションでは、提示された価格に納得しなければ取引が成立しません。違う価格が提示されてオークションが続きます。つまり、オークションという「模索過程」によって価格が調整されても実際の取引は行われません。提示された価格に納得して(=均衡価格にたどり着いて)初めて取引が成立します。
参考
均衡価格(P)以外で価格が設定されると(P1*・P2*)、価格が調整されて均衡価格へたどり着くと考えています。
これを模索過程(ワルラス調整過程)と呼び、市場が不均衡だと価格調整を通して均衡点へたどり着くと想定。均衡価格へ到達するまでは財の取引は行われておらず、均衡取引量(Q)のみが実現する。
私たちの世界では常に商品・サービスの売買が行われています。そして、取引を行いつつ価格が調整されていくのが普通です。
一般均衡理論では模索過程を経て均衡にたどり着くと考えていますが、全ての財市場でオークションが終わってからじゃないと取引が行われない、というのは無理があります。
別の見方をする
一般均衡理論で想定している「模索過程」では、オークションのように均衡価格へたどり着くと考えていますが、そもそも、どれくらいの時間がかかるのでしょうか。
例えば、一瞬でオークション(模索過程)が終わるのなら、全市場が一瞬で均衡価格へたどり着くことになるので、取引の過程で価格調整など必要なくなります。
現実世界では、取引を行いながら価格が調整されていくのが普通です。つまり、オークション(模索過程)が一瞬で終わらないことを意味しています。
ポイント
以上より、一般均衡理論で想定している「模索過程」の本質的な問題は、時間的な概念を無視していることです。特に、時間的な概念がないという批判については、一般均衡理論ではよく登場します。
知っておくと良い
ワルラスの一般均衡理論の批判は昔から沢山あります。それこそ、一般均衡理論が登場してからずっとです。ここではマーシャルやケインズについて触れておきます。
(アルフレッド・マーシャル)
マーシャルは「模索過程」の部分で時間的な概念がないなど、一般均衡理論が現実的ではないと考えて「部分均衡分析」を提唱します。部分均衡分析は、今でいうところの余剰分析です(部分均衡はこの記事の後半で説明しています)。
(ジョン・メイナード・ケインズ)
ケインズは、一般均衡理論が「価格・需要・供給」の3点のみに焦点を当てていることを問題視して、貨幣や不確実性という考えを使ってマクロ経済学を確立します。マクロ経済学では、投資や貯蓄、未来への不確実性などの時間的な考えを使っているのが特徴的ですよね。ちなみにケインズは、マーシャルの弟子です。
何が言いたいかと言うと、一般均衡理論の問題点については100年以上前から言及されており、どうやって現実的な理論を作り上げるのか試行錯誤が続いているわけです。
ココに注意
一般均衡理論は、物理で「空気抵抗がない」「摩擦がない」と仮定を置いて理論を考えているのと同じです。つまり「もし、完全競争市場で色々な条件を満たせば、すべての市場で需要と供給が一致しますよ」と提示して、議論のスタート地点になっているわけです。
一般均衡理論は現実に即した理論ではないものの、それは100年以上前から言われていることです。その問題点をどう克服して、現実的な話にするかが重要です。
大学の講義で一般均衡理論について学習すると「現実的じゃないな‥」と感じることも多いはず。「現実的じゃない!ここがダメ!」と批判することは、色々な経済学者が昔からやっています。
批判しつつも、ここをスタートにゲーム理論や行動経済学、マクロ経済学などを学習して、より現実的な分析ができるように学習を進める方が建設的かと思います。
関連項目
・市場の調整過程と安定(ワルラス・マーシャル・くもの巣)
・パレート効率性・パレート最適
・エッジワース・ボックスと純粋交換経済
・契約曲線とコア配分
・オファー曲線(オファー・カーブ)
・生産のパレート効率性・生産の契約曲線
・生産可能性フロンティア・限界変形率
・消費と生産のパレート効率性
・ロビンソン・クルーソー経済とパレート効率性
・ワルラス均衡・ワルラス法則
・厚生経済学の基本定理の意義と証明
部分均衡理論
(Wikipediaより アルフレッド・マーシャル)
部分均衡理論とは
ある1つの財市場に注目した理論。ある財の取引について、その財の価格・需要・供給の関係を分析した理論。一般均衡理論が経済全体を扱ったのに対して、1つの財に焦点をあてているため部分均衡と呼ばれる(部分均衡分析と呼ばれることもある)。
19世紀以降から部分均衡理論に該当するような研究は行われていたが、アルフレッド・マーシャルの貢献が大きく、マーシャル以後は、皆さんがミクロ経済学で学習するくらいに主流となっている。
簡単に
みなさんがミクロ経済学で最初に学習する項目(需要と供給のグラフを書いて分析するもの)や、余剰分析などは部分均衡理論です。
部分均衡とは
「ある1つの財市場を考える」のが部分均衡理論と言いましたが、ここからは部分均衡(Partial Equilibrium)をもう少し経済学的に考えていきます。
ポイント
部分均衡とは、1つの財市場の需要・供給が一致している状態のこと。一般均衡とは異なり、その財の価格以外の要因は一定と考えている。
この「部分均衡」を分析するのが部分均衡理論です。
マーシャルは、ワルラスに始まる一般均衡理論を批判的に見ていました。
一般均衡理論では、経済全体を想定した分析になっており、個別の経済問題を分析できません。
マーシャルは現実の経済問題を解決したいという思いが強く、部分均衡理論という方法を重視します。彼の著書で1890年に刊行された『経済学原理(第5篇の「需要、供給および価値の一般的関係」が部分均衡理論に該当)』の影響もあり、部分均衡理論は今日のミクロ経済学でも扱われるほど主流になっています。
ポイント
マーシャルは、個別の経済問題を分析するために部分均衡理論を重要視した。実際に、不完全競争市場や租税の問題などは、部分均衡理論を使って効率性を分析できる。
次に部分均衡の特徴を見ていきます。
step
1時間的な概念を取り込む
マーシャルは、市場を4つの時間軸※で考えることでワルラスの一般均衡理論で欠落していた時間的な視点を取り入れます。
※(1)超短期・(2)短期・(3)長期・(4)超長期の4つ
(1)超短期
一瞬で需給が決まる市場を想定した時間軸。供給量が調整できない(供給曲線が垂直になる)ので需要量で価格が決まるのが特徴。
(例)魚市場や株式市場など。水揚げされた魚は直ぐに競(せ)りに掛けられる。その日に水揚げされた魚の量を変えることは出来ないので、業者の需要次第で落札価格が変動する。株式市場なら、企業が発行する株式数は一定なので、投資家の需要次第で日々価格が変動する。
(4)超長期
社会的な価値観や、人口変化、技術的な変化などを想定する時間軸。
部分均衡で登場することは基本的にありません。マクロ経済学で世代重複モデルという人口構造の変化などを考えたモデルが登場しますが、そういった長い期間を想定した時間軸です。
さらに詳しく
マーシャルは、時間軸が短くなるほど需要側の要因で価格が決まり、時間軸が長くなるほど供給側の要因で価格が決まると考えていました。
時間軸が短いと供給量を調整するのが難しくなるため供給曲線が垂直になります。したがって、需要次第で価格が大きく変化します。
しかし、時間軸が長くなると供給量を調整できるようになるため、供給曲線は水平に近づきます。そのため供給側の要因で価格が変化しやすくなります。
step
2需要・供給の都合を上手くマッチング
マーシャルは、部分均衡で時間的な視点を取り入れたことで、価格がどのように決まるのかを、より現実的な視点で捉えることが出来ました。
労働価値説と効用価値説
一般均衡理論でも記載しましたが、経済学では価格がどのように決まるのかについて「労働価値説※1」という考え方がありました。これはアダム・スミスとかの時代です。
その後、ワルラスの時代に効用という考え方が登場して「労働価値説」から「効用価値説※2」へ考え方が変わっていきました(限界革命)。
※1商品の値段は労働量(生産費)によって決まるという考え方。
※2価格は、効用(その人がどれくらい効用を得られるか)によって決まるという考え方。
ワルラスが一般均衡理論を提唱した時代は、価格は「生産者の都合」ではなく「消費者の都合」で決まると考えるのが主流になっていた。一般均衡の説明でも記載しましたが、ワルラスの一般均衡理論で生産側の分析が弱いのはこのためです。
マーシャルは、この流れに不満を抱いていました。
マーシャル
価格は「生産者の都合」「消費者の都合」どちらの影響も受ける。どちらの影響が強く反映されるかは時間軸の長さ次第で変わる。
ポイント
部分均衡では、価格決定に関する「労働価値説」と「効用価値説」の2つの考え方を統一して、どちらの影響が強く出るかは時間軸によって変わると想定しています。
「時間軸が短いと需要側の影響が強く、時間軸が長くなると供給側の影響を受けて価格が決まる」とマーシャルは考えました。
ちなみに、マーシャルは「需要」と「供給」をハサミの両刃だと考えていました。ハサミは片方の刃で切っているわけではなく両方の刃が役割を果たしている。「需要」と「供給」も同じで、どちらも価格決定の役割を果たしている。
step
3均衡までの調整過程は数量ベース
部分均衡理論では、市場が均衡点へたどり着く過程では、たえず取引が行われて数量を調整しつつ均衡点へたどり着くと考えています。
ワルラスの一般均衡理論で「模索過程」を通じて価格が調整されて均衡点へたどり着く、と考えていたのとは対照的です。
最後に、一般均衡理論と部分均衡理論では、市場が均衡点へたどり着く過程についても考え方が異なっているので見ていきましょう。
おさらい
一般均衡理論では、市場が均衡点へたどり着く過程を「模索過程(ワルラス調整過程)」と呼んでいました。
「模索過程」はオークションのようなイメージです。市場ではオークションの競(せ)りのように価格が調整されて均衡点へたどり着き、この均衡点で取引が行われると考えていました。
この考え方の問題点は、オークションが終わるまで取引が成立しないのと同じく、均衡点へたどり着くまで財の売買が行われないと想定していることです。
参考
均衡価格(P)以外で価格が設定されると(P1*・P2*)、価格が調整されて均衡価格へたどり着くと考えています。
これを模索過程(ワルラス調整過程)と呼び、市場が不均衡だと価格調整を通して均衡点へたどり着くと想定。均衡価格へ到達するまでは財の取引は行われておらず、均衡取引量(Q)のみが実現する。
一般均衡理論の「模索過程」という考えに対してマーシャルは
マーシャル
現実世界では、均衡点ではないところでも取引は行われるし、むしろ取引を通じて均衡点へたどり着く
と考えました。
そのため
部分均衡では、市場が均衡へたどり着く過程で数量調整が行われて均衡点へたどり着くと考えています(マーシャル調整過程)。
参考
均衡取引量(Q)以外で取引が行われると(Q1*・Q2*)、生産者は「需要がないな‥」とか「もっと売れそうだぞ」と考えて、生産量(数量)を調整していき次第に均衡取引量へたどり着きます。
これをマーシャル調整過程と呼び、均衡点以外で取引が行われると数量を調整して均衡点へたどり着くと想定しています。市場が不均衡でも取引が行われると考えており、模索過程(ワルラス調整過程)とは対照的。
さらに詳しく
マーシャルは、経済が生き物のように有機的に変化するものだと考えていました(経済変化や経済成長は、生物が成長・衰退・進化するのと似ている)。マーシャルは「経済学者の目指すメッカは、経済動学ではなくむしろ経済生物学である」という有名な言葉を残しており、経済を生き物のように捉えていたマーシャルの考え方が垣間見えます。
批判や問題点
ポイント
マーシャルの部分均衡理論では、収穫逓増や不完全競争の問題が内包されている。
現実的な経済分析を可能にした部分均衡理論ですが、一般均衡理論と同様に批判もあります。
批判①
「他の条件が一定」という前提について
マーシャルの部分均衡理論では、ある1つの財の市場を分析する際に、その財市場以外の条件は変化しないで一定だと想定しています。
部分均衡理論では外部経済についての言及もあり、「他の条件が一定」と仮定しているのと矛盾をはらんでいるのではないか、という批判があります。
こうした批判はありますが、マーシャルはこの問題点を理解していました。経済を「生き物」と考えていたマーシャルは、絶えず変化する経済を分析するための一歩として、その財市場以外の条件を一定としています。
批判②
需要と供給を同じ時間軸で扱っている。
マーシャルの部分均衡理論では、労働価値説と効用価値説の考え方を上手くマッチングさせて「需要と供給の関係性をハサミの両刃」と例えました。
ハサミの両刃が紙を切るのと同じように、需要と供給はどちらも価格決定の役割を果たしている。
これに対してエッジワースが批判的な視点を向けます。
「エッジワース・ボックス」のエッジワース(上の写真)です。マーシャルと同じ年代で活躍していました。
エッジワース
需要と供給を同じ時間軸で考えている
マーシャルの部分均衡理論では、需要と供給が1つのグラフに描かれて、2つの曲線の交点が均衡点になると考えていました。
実際には、供給側の都合(生産から出荷)と需要側の都合(購入から消費)には、タイムラグがあります。そのため、同じ時間軸で需要と供給をグラフで描く部分均衡は、単純化しすぎているとエッジワースは考えました。
例えば
- 農作物の生産から販売(生産時から販売までは数カ月から数年のタイムラグがある)
- 教育への投資(子どもの頃は出費が多く、20年以上経ってからリターンが得られる)
時間的な考え方は、その後の経済学でよく登場します。ミクロ経済学では「時間に対する選好」や「静学的な分析(単純に需要と供給が均衡するという分析)」から「動学的な分析(需要と供給はその都度、様々な影響を受けて均衡点は絶えず変化することを想定)」が取り入れられたり、マクロ経済学では「投資や貯蓄」の概念が盛り込まれていく。
批判③
マーシャルの部分均衡理論では、長期の時間軸で考えると技術革新などにより生産性が飛躍的に高まることを想定していました。
ここで、長期では生産性が高まるので企業はどんどん利益を積み重ねること(収穫逓増)が考えられます。
この収穫逓増に対してエッジワースは(再び)批判を向けます。「収穫逓増が当てはまるなら、企業はなぜ生産規模を拡大して、他社を駆逐しようとしないのか(一気に生産規模を拡大してしまえば他社を駆逐できる。それなのに、現実では多数の企業が競争し続けている市場が多い)」と疑問を呈しました。
これを言い換えると「技術革新に成功した企業が市場を独占的に支配するようになるのではないか?部分均衡理論が想定する完全競争市場では独占に陥るというジレンマが生まれる」ということです。
この問題(ジレンマ)により「供給」について考え直す必要がありました。「供給」は元をたどれば、生産者側の費用の話と密接に関係しています。
1890年代にこの問題をエッジワースが指摘し、1920年代に入ってからは大きな論争となります(ケンブリッジ費用論争)。
ポイント
ここから「不完全競争」の分析が盛んに行われるようになります。他にも、マーシャルの部分均衡の考えを引き継いだピグーは、外部経済の分析を発展させます。マーシャルが残した問題に直面したミクロ経済学の発展が進むのです。
参考までに
この論争に火をつけたのは、1922年に経済史家J.H.クラッパムが発表した『経済の空箱について(Of Empty Economic Boxes)※』という論文です。
※The Economic Journal, Volume 32, Issue 127, 1 September 1922
そもそも、ある産業を「収益逓増」「収益逓減」と(箱に)分けることは可能なのか、出来ないなら、その考え方は無用では?という批判(というか挑発)。
この挑発に対して、A.C.ピグーが「分類できる」と反論して「外部(不)経済」の分析を進めます。1924年にピグーは、D.H.ロバートソンと共に論文『それらの空箱(Those Empty Boxes)』を発表するなど研究を進めています。
(ピグー・Wikipediaより)
ピグーは厚生経済学を確立したり、ピグー税で有名です。
スラッファによる部分均衡理論の批判(1925年・1926年)
(スラッファ・英語版Wikipediaより)
1925年『生産費用と生産量の関係について(Sulle relazioni fra costo e quantita prodotta)』で、マーシャルが部分均衡理論で収益逓減・一定・逓増をパターン別に分析しているが、収益一定(費用一定)で考えないと完全競争と部分均衡理論は整合性が取れないと指摘する。
この論文を見たエッジワース(また登場)が、イタリア語で書かれていたこの論文を「英語版を書いて、Economic Journal(経済学の学術雑誌)に寄稿してよ」とケインズを通してスラッファに伝えたそうです。
それに対してスラッファは、1926年に『競争状態における収穫法則(The laws of returns under competitive condition)』という論文を寄稿します。
この論文で、完全競争と部分均衡が両立するのは、収益一定(逓減も逓増もしない状態)の時だけだと指摘して、完全競争で収益逓増が発生する場合は、不完全競争市場の分析が必要になる(完全競争と収益逓増は両立できない)ことを示唆します(この論文により、不完全競争理論が開拓される)。
その後
1928年にヤングが『収益逓増と経済進歩(Increasing Returns and Economic Progress)』で、技術革新などで生産性が向上する(収穫逓増)という考え方には、動学的な分析※が必要だと指摘しました。
※需要や供給はその都度、様々な影響を受けて均衡点は絶えず変化することを想定する分析。グラフに需要曲線と供給曲線を描いて分析するような、その瞬間(もしくは、ある一定の状態)を切り取った分析は静学的な分析に分類される。ヤングの考え方は、後のマクロ経済学の「内生的経済成長理論」へと繋がっていきます。
1933年には「不完全競争」についての分析が進みます。
- ロビンソン『不完全競争の経済学』寡占的な市場の分析が進む
- チェンバリン『独占的競争の理論』製品差別化や市場シェアについて言及
などなど
関連項目
・市場の調整過程と安定(ワルラス・マーシャル・くもの巣)
・消費者余剰
・生産者余剰
・総余剰と死荷重
・価格規制(上限規制・下限規制)
・数量規制
・参入規制・規制緩和
・税金を課す(従量税・従価税・定額税)
・税負担割合(税の帰着)
・税負担割合と価格弾力性
・補助金を支給する
・自由貿易と保護貿易(関税・割当・補助金)
その他、需要曲線と供給曲線を使った分析は部分均衡理論に該当します。